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破天荒フェニックス オンデーズ再生物語

 100人が100人とも、絶対倒産すると言い切っていた、

メガネ会社オンデーズの企業再生物語。

 

ドロくさいほどの人間関係。

「金の切れ目は縁の切れ目」といった生々しさ。

発注先や銀行とは縁の切れ目の状態から始まったが、

終始、縁が切れるか切れないかの綱渡りが続いている。 

 

企業を立て直すということがどれだけのことであるかを、

小説形式でドラマチックに物語っている。

 

書き手の熱意がこもっており、

読んでいるだけで引き込まれる。

 

ポイントは要約するが、

中小企業の経営者や、幹部候補には是非読んでほしいと思っている。

 

きれいに書かれた企業研究本よりも、

人間の心の汚さと、

誠実な経営を続けることで見える人間の心の美しさが良く見える。

 

盛大にネタバレな内容も含むので、

読み物として楽しみたい方は、ご注意いただきたい。

 

 

 

 

オンデーズ買収の始まり

当時のオンデーズは、売り上げ20億に対し、

借入金が14億という状態であった。

月の返済額は8000万~1億という状況。

その一方、毎月営業赤字が2000万ほど。

 

まさに絶体絶命と言う状況であった。

田中修二氏は、とある縁からオンデーズ売却案件に関わっていたが、

再生計画を立てているうちに、田中氏自身での買収を決断した。

 

買収が無事完了し、新社長として就任した日、

社員の落胆ぶりは大きく、とても歓迎されたものではなかったという。

 

オンデーズの目指す姿

ちょうど、医療器具としてのメガネから、

ファッションアイテムとしてのメガネに変わってきた時代で、

市場も成長段階にあり、安売り、価格競争だけで成立している状況であった。

 

徐々に市場の成長が停滞し、

勝てないメガネ会社は自然淘汰される時代に差し掛かる中で、

オンデーズは、アパレル業界で言うところのZARAを目指しそうとしていた。

 

つまり、安さは変えずに、品質やファッション性を追求するということ。

どこよりも早く流行に追随し商品開発に活かすということを、

ブランド戦略とするということである。

しかし、本人も認める、この幼稚な再生プランは

もろくも崩れ去ってしまうのであった。

 

 

就任早々の破綻リスク

まず最初に直面したのは、勿論資金繰りであった。

銀行への資金返済も、発注先への支払い延期も絶望的。

なんとか、最初の資金ショートを乗り越えることが出来た。

それもつかの間、最初の決算で正々堂々と赤字決算を提出した。

(推察だが、前経営陣時代には粉飾されたものもあっただろう)

 

田中氏は全国の店舗を回り、

少しずつだが味方を増やしていった。

 

メガネ店の経営のことはからっきしであったが、

お客様待ちの営業しかしていないオンデーズの改善を

少しずつだが実践していく。

 

どこの会社でも同じかもしれないが、 

新しい経営陣に対し、不平不満を持つ幹部も少なくない。

 

田中氏と衝突し、昔の経営スタイルを変えることに賛成できない幹部は、

辞表を残し、オンデーズを去っていったのである。

 

昔の価値観を捨てられない幹部に、

高い人件費を払い、足を引っ張られるよりは、

さっさと辞めてもらったほうが良いと前向きに受け止めていた。

 

 

月間100万円の売上を上げるではなく、

「一日3本だけでも売る」という細分化された具体的な目標。

そして、まずは成果を見せるという新店舗計画が

オンデーズ再生の切り札であった。

 

しかし、この新店舗計画によって、

さらなる危機を招くことになる。

 

高田馬場の新店舗

2008年6月、

高田馬場駅の駅前一等地に6坪の店舗を出店した。

巨大看板もあり、広告効果もある。

この新店舗で失敗したら、

新社長の面目も丸つぶれ。財政的にも大ピンチとなる。

 

しかしその結果、ご察しの通りだが、

大失敗に終わってしまう。

高田馬場駅前を通る人々は、

高田馬場でウィンドウショッピングをするつもりもない。

(買い物するなら新宿に行きたがる)

書籍では、「ショッピングモチベーションがない」と表現されている。

 

また、6坪という狭い店舗で、出入り口が1つしかなく、

一度店舗にはいったら最後、

「何か買うまでは出られないのでは」という心理ハードルがあった。

 

見事、新店舗計画は、

消費者心理を読み間違えてしまい、大失敗に終わった。

 

その一方、

メーカーへの地道な営業活動が功を奏し、

業界内でのオンデーズの評価は、回復の兆しを見せつつあった。

 

血で血を洗う雑貨販売チェーンの買収

オンデーズは、民事再生中の雑貨販売チェーンの

ファンファンを買収した。

 

しかし、結果として、高い勉強代になる事となった。

ファンファンを買収した直後から、

雑貨メーカーからの苦情、悪意、不平不満が垂れ流しとなった。

 

実はそれは、ファンファンの部長が、

自分たちが繋ぎの事業資金を得て、独立していくための裏工作であった。

 

ともに手をつなぎ、明るい未来を目指していくパートナーが、

陰では裏工作に走り、足を引っ張っていたのである。

 

ファンファンは売却することになるのだが、

企業買収というものは、その裏に、

人間の心の汚さや血みどろさが隠れているということである。

 

自身がドメインとしない事業には手を出さないほうが良い

という教訓でもあるかもしれない。

 

尖った施策と競合他社

オンデーズは、

メガネ1本2500円という破格のセールを実施した。

振り切った施策のおかげで、客足は増えた。

長続きしないことは目に見えていた。

 

そんなさなか、

ジンズメガネで有名なジェイムズが、

薄型レンズ追加料金0円を掲げた。

 

従来、メガネを買うときには、

メガネのレンズがいくらになるか、作ってみないとわからなかった。

 

最後の最後に、後出しじゃんけん

レンズの追加オプションを提示され、

消費者からは不誠実だと思われるビジネスモデルであった。

 

半額セールで息を吹き返しつつあったオンデーズにとっては、

ジェイムズの追加料金0円は、息の根を止めるような事件であった。

 

 

オンデーズのミッション

2011年、東日本大震災を通し、

オンデーズは自分たちのミッションを見出した。

被災地には、メガネが無くて困っている人がたくさんいるはずだ。

支援活動で、老婦人からの感謝から、

メガネを通して、素晴らしい世界を提供することをミッションとしている。

 

いまでも、貧困国や被災地へのメガネ配布支援活動や、

盲導犬の支援活動を行っている。

 

企業の存在意義をどうとらえるかは、

持続的な企業活動に重要なファクターであるといえる。

 

フランチャイズの功罪

オンデーズは様々な施策を繰り返し、軌道を戻してきた。

ようやく、ジンズに追随し、

薄型レンズ追加料金0円を実現しようとした。

しかし、フランチャイズからの意見は二分された。

 

地方で独占状態のフランチャイズにとっては、

追加オプション0円は、デメリットでしかないし、

競合にやられているフランチャイズにとっては、

1日でも早く実現してほしい施策である。

 

フランチャイズのおかげで起動を回復したところも否めないが、

自社の方針に乗れないフランチャイズオーナーには、

フランチャイズを降りてもらうという決断もしながら、

お客様の立場に立った経営を実行していった。

 

海外進出

度重なる資金難も、首の皮一枚で繋がり続け、

よもや上場企業に身売りする羽目になりそうになった時、

藤田光学の藤田社長に助けられた。

 

藤田社長は、

オンデーズを語るのに欠かせない人物であり、

海外進出が成果を出せたことも、

藤田氏とのパートナーシップの賜物である。

 

オンデーズはまだ競合他社が進出していない、

シンガポールへと出店した。

 

成功するかどうかもわからない、

失敗したら今度こそ会社が終わりかもしれないという大博打であったが、

国内での競合他社との戦いにて、

品質面、価格面でも十分すぎるほどに実力をつけていた。

 

簡単に纏めると海外成功物語であるが、

シンガポールの比べ物にならないほどの家賃、

日本のメガネブランドの知名度の無さ、言語の壁など、

どれだけリスクが高かった進出であったか、

また、そのなかでの悩み、苦しみは、

是非書籍を読んでほしいと思っている。

 

また、シンガポールでの成功を収めないうちに、

つぎは台湾への出店を決定する。

 

シンガポールでの競合が飽和しないうちに、

台湾への進出を進め、形にしていっている。

 

まとめ

田中氏のオンデーズ物語に目を通すと、

ポイントポイントで学びとなることが数多くある。

 

ただ、田中氏自身としては、

終始重要なことは、「人である」と述べている。

 

彼のピンチを数々も救い、

チャンスをかたちにしてきたのは、

彼自身の度重なる行動、誠意であることは勿論であるが、

彼をとりまく人々によって救われている部分が大きい。

 

良き人には良き人々が集まるともいい、

ニワトリがさきかタマゴがさきかはわからない。

 

しかし、彼自身、周りの人々を大事にし、頼り頼られ、

誠意を尽くしてきたからこそ、

100人が100人ともだめだと思っていた、

メガネ会社の再生を成し遂げられたのではないだろうか。